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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)996号 判決 1976年7月29日

控訴人 芝本産業株式会社

右代表者代表取締役 芝本龍平

右訴訟代理人弁護士 石川泰三

同 小室恒

同 岡田暢雄

同 野村弘

被控訴人 鍋店株式会社

右代表者代表取締役 大塚睦三

右訴訟代理人弁護士 尾崎正吾

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  (控訴人の当審における予備的新請求に基づき)被控訴人は控訴人に対し金一五六〇万八一六九円及びこれに対する昭和四九年三月六日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  控訴費用は被控訴人の負担とする。

4  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一五六〇万八一六九円及びこれに対する昭和四九年三月六日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、予備的に主文第二項同旨の判決、並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却、予備的請求については請求棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の提出・援用・認否は、以下に附加・補足するもののほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(一)  控訴人の主張

1  控訴人主張の控訴人と被控訴人との間における売買が認められないとすれば、被控訴人は、昭和四七年五月、訴外株式会社利根工業所又は株式会社三商との間で鋼材の継続的売買契約が締結されるにあたり、控訴人に対し、買主たる利根工業所又は三商の右契約に基づく代金債務を保証し、鋼材を納入した月の月末から数えて九五日後満期の約束手形を被控訴人が振り出して右債務を支払う旨約したものとされるべきであるから、控訴人は、予備的に、被控訴人に対し、控訴人が利根工業所又は三商に売り渡した原判決添付目録記載の鋼材代金につき、保証人として、本位的請求と同額の金員の支払をなすことを求める。

2  被控訴人の目的は、定款上も酒類の製造販売にとどまらず、呉服等雑貨販売、土木建築工事建設機械の賃貸、建設資材の販売等、酒類の製造販売とは無縁な各種業務を包含しており、被控訴人内部のルールとしてはともあれ、控訴人に対する関係では、取締役会の承認決議の欠如をもって、鋼材売買契約ないし前項の保証契約の無効を主張しうる関係にはない。

それに、控訴人は右契約について取締役会の承認がなかったことは知らない善意の第三者であるし、また、被控訴人を代表して控訴人との契約に当たった大塚総三は三商の取締役ではなかったから、同社に対する取引の保証については、商法二六五条の適用が問題となる余地すらない。

3  被控訴人が第一項記載のとおり控訴人と利根工業所又は三商との間の取引につき継続的な保証契約を締結したものとされるかぎり、理由があってこれを解約するには当然その旨の意思表示を要するところ、被控訴人はただ手形の振出を拒絶するのみで、保証契約の解約を申し入れた事実はない。

(二)  被控訴人の主張

1  被控訴人は酒の醸造を主たる目的とする会社であって、鋼材を売買したり、第三者のため鋼材の売買代金債務の保証をするが如きは、通常の業務執行の範囲を逸脱するものであるから、被控訴人の代表取締役であった大塚総三がかかる契約をするについては、事柄の性質上当然に取締役会の承認決議を要するところ、右決議はなされておらず、控訴人はそのことを知り、もしくはたやすく知りうべかりし筈であったから、大塚総三と控訴人との間で控訴人主張のような売買契約ないし保証契約が締結された事実があっても、民法九三条但書の類推適用により、該契約は無効である。

2  のみならず、大塚総三は利根工業所の代表取締役を兼ねていたものであり、三商は利根工業所の敷地を無償で使用する実質上の子会社であったから、右大塚総三が被控訴人の代表者として控訴人に対し利根工業所又は三商の売買代金債務を保証するについては、商法二六五条によっても取締役会の承認を要することになるところ、右承認はなされておらず、控訴人がそのことを知り、もしくはたやすく知りうべかりし筈であったことは前述のとおりであるから、右保証契約は無効たるを免れない。

3  被控訴人は、利根工業所又は三商の保証人として、その都度両社から代金相当額の手形の振出交付を受けるのと引換えに、同額の手形を両社に振出交付し、両社から差し入れられた手形が決済されることを前提として、控訴人に対する代金支払の責に任ずべきことを約したものであるところ、両社は、昭和四八年一一月以降、被控訴人に差し入れた手形の決済をしなくなったので、被控訴人も手形の振出交付を拒絶し、控訴人に対し保証契約を解除する旨の意思表示をした。

(三)  証拠≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫に、当審証人大塚総三・原審並びに当審証人河野宏・原審証人古谷孝一・同今西弥・同松尾俊道の各証言を総合すると、鉄材・建築機材その他各種商品の販売を業とする商社である控訴人(右業種については、当事者間に争いがない。)は、昭和四七年三月頃、取引先である訴外株式会社利根工業所の営業部長大前信夫を通じ、訴外株式会社三商から鋼材を継続して買い受けたい旨の申入れを受けたが、三商に対する信用調査の結果が芳しくなかったので右申入れを拒絶したところ、同年四月頃、右大前の紹介で、被控訴人の代表取締役であった大塚総三から、被控訴人が取引上生ずる買主の債務につき保証人となり、被控訴人振出の約束手形をもって決済するとの条件で、重ねて三商のための取引開始方を求められ、被控訴人については信用調査の結果も良好であったので、右大塚総三の申入れに応ずることとなり、同年五月、三商(具体的には同社の営業担当社員新島秀夫又はその依頼を受けた前記大前)からの発注に応じて随時鋼材を売り渡し、代金は毎月二〇日に締め切り、月末に九五日後を満期とする約束手形の交付を受けて決済する旨の約定で、三商との間の継続的取引契約を締結するとともに、被控訴人との間では、右継続的取引によって生ずる三商の債務につき被控訴人が保証人となり、代金決済のための約束手形の交付は被控訴人の振出手形をもってすることを内容とする保証契約を結んだうえで、三商との間の鋼材の取引を開始し、昭和四八年一一月末頃までは、約定どおり被控訴人振出の約束手形により代金を回収し、円滑に取引を続けて来たこと、そして、その継続的取引の一環として、原判決添付目録記載の鋼材の売買が控訴人と三商との間でなされたことを認めることができる。

もっとも、前掲証人河野宏・古谷孝一・今西弥らは、右鋼材の継続的取引は被控訴人を買主としてなされたものである旨供述しており、≪証拠省略≫も右証言に符合するものであるが、前掲各証拠を総合すると、商品の発注はすべて三商の担当社員からなされ、引渡も同社の指定する納品先に搬入することによってなされたこと、代金額も控訴人と三商との間の折衝により決定されたこと、被控訴人が控訴人から仕入れた商品を三商に転売する取引関係はいかなる意味においても予定されず、被控訴人は全くの信用供与者にすぎないことを控訴人においても知悉していたことが認められ、かかる事実に、≪証拠省略≫をも併せ検討すると、前掲河野宏らの証言にそって直ちに被控訴人が買主であるとは認定しがたく、むしろ前叙のとおり、被控訴人は三商のため継続的取引上の債務につき保証人となったにとどまるものと認めるのを相当とする。≪証拠省略≫は、もっぱら被控訴人に対する信用を取引の基礎とし、被控訴人振出の手形によってのみ代金の回収をはかる建前をとった控訴人において、手形振出義務を負う被控訴人を端的に買主と表示した便宜上の措置とも解されるから、必らずしも前叙の認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被控訴人は、大塚総三が被控訴人を代表して控訴人との間で結んだ右保証契約については取締役会の承認決議がないことを根拠に、右契約の無効を主張する。

しかし、≪証拠省略≫によると、右契約締結当時の被控訴人は、酒類の製造・販売をはじめ、呉服雑貨類・食料品の販売や不動産売買・土地造成から農畜産植林業等に至る広汎な営業を定款上の目的とする何でも屋であったが、当時の代表取締役大塚総三は利根工業所の代表取締役をも兼ね、同社のため、昭和四五年頃から本件保証契約と類似の形式による信用供与行為をなし、同社振出の見返り手形を受け取っていたこと、また、三商は利根工業所と役員構成上も取引上もきわめて緊密な関係にあった同一系列会社で、一方の倒産が忽ち他方の倒産をも招きかねないほどの間柄であったことが認められるところ、このように、被控訴人と代表取締役を共通にし、資金上の援助を通じて密接な利害関係を持つに至っていた利根工業所と一蓮托生の間柄にある三商の取引上の必要に応じて、本件のような信用供与行為をなすことは、前叙のようなきわめて広汎な営業活動を目的とする被控訴人にとって、会社の目的遂行に必要な事項としてその目的の範囲内に属する行為と認められるから、その代表取締役たる大塚総三は当然に被控訴人を代表して本件保証契約を締結しうる権限を有していたものというべく、さらに、会社の内部的意思決定の問題としても、被控訴人の広汎な営業目的からみると、本件保証契約をもって会社の通常業務の範囲外の行為となし、当然に取締役会の決議を経たうえでなすことを要するものとは断じがたい。

また、被控訴人から信用の供与を受けたのは三商であるが、大塚総三が同社の取締役であった旨の主張はなく、同人が代表取締役を兼ねていた利根工業所と三商とが緊密な関係にあったことは前叙のとおりであるが、さりとて両社の法人格の独立性を無視してこれを実質上一体視することを相当とするような事情までは認められないから、右三商のための保証行為については商法二六五条を適用すべき前提を欠き、同条を根拠に取締役会の承認を得べきものとする余地もない。

のみならず、本件保証契約の相手方である控訴人において、被控訴人の代表者たる大塚総三の行為が取締役会の承認決議を経ていないことを知り、又は知りうべかりし筈であったと認めるに足りる証拠はないから、いずれにしても、取締役会の承認決議を欠くことをもって本件契約を無効としうべきかぎりでないことは明らかである。

三  被控訴人は昭和四八年一一月以降控訴人宛ての手形の振出交付を拒絶して本件保証契約を解除する旨の意思表示をしたと主張するが、右主張に≪証拠省略≫を総合すると、被控訴人が約束どおり手形の振出交付をなすことを拒み、もしくは既に振り出した手形の支払を拒絶することにより、保証契約につき解約告知の意思を表明したのは同月の月末以降のことであると認められるので、これをもって、右解約前に取引を了した原判決添付目録記載の売買代金債務についての保証人としての責を免れる理由とすることはできない。もっとも、被控訴人はその振出手形と引換えに三商から被控訴人に差し入れられた手形が決済されることを当然の前提として債務支払の責に任ずる約旨であったとも主張するが、三商との間の約定はともあれ、さきに認定した本件保証契約締結に至る経緯に照らすと、控訴人との間の保証契約において、被控訴人の主張する、保証の趣旨を無意味ならしめるような事項が前提とされていたものとは、到底認めることができない。

四  以上のとおりであるから、被控訴人を買主とする売買契約の成立を前提とする控訴人の主位的請求は理由がないので、これを排斥した原判決は正当であって、本件控訴は棄却を免れないが、被控訴人に対し、三商の保証人として原判決添付目録記載の取引による売買代金合計金一五六〇万八一六九円とこれに対する弁済期の後である昭和四九年三月六日から支払ずみに至るまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をなすべきことを求める当審における予備的新請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条・九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 横山長 三井哲夫)

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